日本には強いリーダーを育てる教育がない

東南アジア諸国連合(ASEAN)の広域経済連携の枠組み「ASEAN経済共同体(ACE)」が発足、世界の注目がASEAN市場に集まっている。日本企業はASEANの新時代にいかに対応すべきか。日本経済新聞社とサシン経営管理大学院で共催した「日タイ人材育成フォーラム」における「戦略的“アジア次世代ビジネスリーダー”育成に向けて」をテーマとしたとパネルディスカッションの様子を以下に紹介する。


パネルディスカッションには日産の志賀副会長のほか、サシン経営管理大学院のシリユッパ・ルンレーンスック准教授、同大学院日本センターの藤岡資正所長が参加。日本経済新聞社の井口哲也アジア編集総局長が司会を務めた。


井口 日産は仏ルノーとの提携で組織の多様化を経験しましたが、なぜ適応することができたのでしょうか。

志賀 倒産寸前の危機的状況にあった日産の社員には、「変わらなければいけない」という意識があったため、他社の文化を受け入れられたのだと思います。変わるには良いタイミングでした。

井口 日産は三菱自動車とも提携をはじめました。かつて日産がルノーとの提携で直面したように、三菱も多様化に直面するのでしょうね。

志賀 日産とルノーが各々の企業文化を尊重してきたように、三菱も一企業として独自の道を切り開き、提携によるシナジー(相乗)効果を得るでしょう。パートナーシップや提携を組むということは、お互いを尊重し合うことであり、パートナーの文化を消す、潰すこととは異なります。


■「ガラスの天井」が日系企業の現地化を妨げている

井口 日本の企業が真のグローバル化を遂げるには、多様性のある経営人材が必要です。日産でも東南アジアからの人材は活躍していますか。

志賀 10人いる執行役員のうち6人が日本人以外で、カルロス・ゴーン社長のほか米国人、スペイン人、イタリア人らなどで構成されています。また50人いる役員のうち、20人強が日本人以外です。残念ながら、まだ東南アジアからの人選はありませんが、タイやインドネシアから日本やイギリスなどの拠点へ研修に参加している人材もいます。

井口 現地法人のトップは現地人材が就くべきでしょうか。

志賀 お客様のニーズや市場を把握しているのも、政府との交渉力を持っているのも現地人材です。自動車会社は製造業なので、技術の移転に際しては日本人が入りますが、メキシコのように日本人を少しずつ減らしている拠点もあれば、既に日本人がいない拠点もあります。もし本当に日本人の能力が高ければ、それで日本人がトップでも良いですが、現地人材のほうが能力が高ければアンフェアですし、現地人材も失望するでしょう。現地人材のモチベーションを上げるためにも、国籍ではなく、パフォーマンスを見るべきです。

井口 多くの日系企業がタイに投資している一方で、日系企業はタイの新卒人材に人気がないようですが。

藤岡 残念ながら、各種調査ではタイのみならず中国などにおいても、工場でのワーカーを除くと、日系企業は就職先として人気が低く、国際感覚を有した人材ほど日系を避ける傾向にあることが示されています。日本や日本人が嫌いなわけではなく、日本の製品やサービスには魅力を感じているのですが、就職となると「結局、日本人が旗をふるのだろう」「能力よりも年功が優先される」などの理由で敬遠されてしまいます。

 一部の日系企業は、職場環境や評価制度、条件が他の会社とはどう異なるのか、どのようなビジョンを有し、どのような人材を必要としているのかを十分に伝えることができていません。よくタイ人は「のんびりし過ぎだ」と言われますが、「コスト削減」と言いながらゴルフや夜の付き合いに社用車を使い、「時間を守る」と言いながら会議の終わりは守らない日本人は、相手側からみると非常に特殊だと思われているのです。

 「多様性を認める」という話が出ましたが、そのためには、まずは異なった文脈の中で自らを相対化し、他者への敬意と謙虚さを育むコトが大切なのです。

シリユッパ 日系企業は保守的でアピールをしないため、若者が魅力や刺激を感じられないのです。たとえ優れた研修制度を持っていても、大概は企業のためのもので、人材の能力開発やキャリアパスを考えたものではありません。優秀な人材は、明確なキャリアパスに入社の価値を感じるものです。あとはワークライフバランス(仕事と生活の調和)の点でも、「日本人と働く=大変」というマイナスのイメージがあります。


■重要なのは、思っていることを伝えるコミュニケーション力

井口 英ピアソンが、アジアの主要各国のビジネス英語レベルを調査したところ、日本が最下位だという結果が出ました。タイの結果も良くはないですね。日系企業のグローバル化には英語力も壁のひとつのようですが、日産はどのようにして、語学の壁を乗り越えたのでしょうか。

志賀 1999年にルノーと提携して以降、海外経験のある社員がさらに増えました。難しい話し合いには通訳も使いますが、多国籍な社員と仕事ができる英語力があります。しかし、言語が障壁になってはならないですがし、たとえ英語ができても、本職の能力がないと仕事にはなりません。言語はあくまでもコミュニケーションのツールです。仕事ができるなら、英語は学べば良いのです。

井口 役員の候補に仕事ができて英語ができない人と、英語ができて仕事ができない人がいたら、どちらを選びますか。

志賀 言葉ができても中身がなければ仕事にはならないし、伝達能力、理解力も必要ですね。

井口 タイ人も英語は苦手ですか。

シリユッパ 大企業のマネージャークラスになると上手ですが、公務員や一般社員の英語能力は低いです。

藤岡 英語力もですが、思っていることを伝えるコミュニケーション力がさらに重要です。何度も失敗を繰り返して、上手になっていくものです。ツールとしての語学ではなく、文脈を読みながらジェスチャーを交えて動きの中で伝えていくという実践知が大切です。

■ビジネスの世界に正解はない

井口 次世代リーダーを育成するにあたって、日本の教育に対してどのような課題を感じますか。

藤岡 難しい質問ですが、ビジネススクールに関していえば、学際的なアプローチが少ないという点と、国際水準のアカデミックな厳密さとビジネスでの有用性のバランスを担保する、ケースディスカッションというのは一部では行われていますが、フィールドスタディーなどを通じた「アクションラーニング」の場は決定的に欠けていると思います。また、クラスの多くが日本人であり、異文化マネジメント能力の開発は十分ではないかもしれません。

志賀 日本以外の大企業で、日本人の最高経営責任者(CEO)を見かけることはありませんよね。日本は強いリーダーが育つ教育をしてこなかったということです。先生が授業を主導して、正しい答えが言える人しか当てないシステムでは、生徒は手を挙げたくなくなってしまいます。日本人は「正解」を好みますが、間違いに関係なく、意見が言えないといけない。ビジネスに正解はありません。日本は小学校から変わらなければなりません。

藤岡 日本では教師が主役であり、学生達は議論や対話を通じてお互いに異なった価値観やモノの見方を学ぶ機会が少ないのではないでしょうか。「教育」のみならず「学習」の比重も高めていくべきです。


出典リンク:

Sasin Japan Center(SJC)/サシン日本センター

チュラロンコン大学に付属するリサーチ&コンサルティング部門です。

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