ダイバーシティーを国際競争を勝ち抜く切り札に
東南アジア諸国連合(ASEAN)の広域経済連携の枠組み「ASEAN経済共同体(ACE)」が発足、世界の注目がASEAN市場に集まっている。日本企業はASEANの新時代にいかに対応すべきか。日本経済新聞社とサシン経営管理大学院で共催した「日タイ人材育成フォーラム」における「戦略的“アジア次世代ビジネスリーダー”育成に向けて」をテーマとしたとパネルディスカッションの様子を以下に紹介する。
パネルディスカッションには日産の志賀副会長のほか、サシン経営管理大学院のシリユッパ・ルンレーンスック准教授、同大学院日本センターの藤岡資正所長が参加。日本経済新聞社の井口哲也アジア編集総局長が司会を務めた。
基調講演では、日産自動車の志賀俊之副会長が登壇し、ダイバーシティー(多様性)に富んだ人材の育成と登用の重要性について訴えた。
志賀氏は「今や日本の製品は日本市場でしか売れず、世界市場から置き去りとなってしまっている」と指摘。「日本目線で開発したものを世界市場に輸出して売っている『国際企業』と、対世界のコンセプトで開発したものを世界で売っている『グローバル企業』は別物で、その差は極めて大きい」と強調した。さらに、「真のグローバル企業とは、消費者が企業の国籍を知らない、むしろ自国の企業だと思い込むほど現地化できている」と説き、具体例として、日用品世界大手の米プロクター・アンド・ギャンブル(P&G)や食品世界最大手のネスレ(スイス)、日用品・食品世界大手の英蘭ユニリーバをあげた。
■多様性のある組織は本当に競争力があるのか?
さらに志賀氏は、企業の国際競争をオリンピックやワールドカップ(W杯)に例え、「ホームで行う国際戦とは極めて異なる」と解説。モノカルチャー(単一国籍)なメンバーで構成されたチームと、マルチナショナル・マルチカルチャー(多国籍)なメンバーによるチームを比較すると「平均点を狙うなら前者でよいが、ハイスコアをたたき出す可能性があるのは後者だ」と説明した。また、「日産もトヨタ自動車やホンダといった日本企業とだけ競争するなら、均質的な組織でもよいが、独フォルクスワーゲンや韓国・現代自動車(ヒュンダイ)など海外のライバルや、米アップルや米グーグルといった自動車以外のグローバル企業との競争に打ち勝つには、多様な文化や意見を受け入れる体制が必要だ」との見方を示した。
志賀氏は「文化的背景が均質な人で構成されたモノカルチャーな組織は、意思疎通が円滑で失敗がないが、イノベーションも起こらない」と語り、「多様な人で構成された組織は失敗するかもしれないが、国際競争に必要なイノベーションが起こる可能性がある。多様性とは、異なる文化や意見、信じられないようなアイデアすらも受け入れ、尊重することであり、そこで必要なのは『エンパシー(共感)』であり、『シンパシー(同感)』ではない」と述べた。その理由については、「お互いの存在が尊重され、個人の能力が最大限に発揮されることで『シナジー(相乗効果)』が働くから、多様性のある組織が成功する」と説明した。さらに、「自分のアイデアを相手に理解してもらうためには、アイデアを視覚化し、要点を明確にする必要がある。このプロセスが常識を打ち破り、イノベーションを生む」との考えを強調した。
志賀氏は「日産もかつてはモノカルチャーな組織だったが、1999年の仏ルノーとの提携がターニングポイントとなった。仏ルノーとの提携はカルチャーショックだった」と振り返る。提携後、志賀氏のチームにルノーから1人のフランス人が加わったという。「いつも通りの主張のない、典型的な日本の会議が終わると、彼は私に『なぜ議論することなく、この結論を出したのか』と聞いてきた。面倒だなと思い、『ほかにどのような結論があるのだ』と言い返したところ、彼はたくさんの意見を持っていた」という。志賀氏は「私は彼が持っていた意見に驚いたと同時に、自分がこれまで、日産という色メガネをかけて物事を見ていたことに気がついた」と、自らの経験からダイバーシティーの重要性を説いた。
■優秀な人材に国境は関係ない
日産での国を超えて優秀な人材を発掘するための取り組みとして、志賀氏は「NAC(ノミネーション・アドバイザリー・カウンシル、人材発掘委員会)」を紹介。NACには研究開発(R&D)や生産といった「ファンクショナルNAC」、日本やアメリカなど主要地域から成る「リージョナルNAC」があり、このクロスチェックで優秀な人材が「コーポレートNAC」にノミネートされるという。「日産の社員であれば、国籍も年齢も性別も関係なく、世界のどこにいても、重要な役割を果たすチャレンジができる仕組みだ。多くの海外拠点の管理者が、日本人ではなく現地人材に任されている」と志賀氏は説明した。
志賀氏はこのほかにも、日産が多様性を活用するための人材育成と組織の開発方法や、人材育成プログラムに取り入れているアクティブラーニング(能動的学習)について解説。「多様性のある組織はビジネス拡大の機会をもたらす。当社も国籍を越えて多くの企業とパートナーシップを結んでいるが、国際競争で生き残るのは容易ではない」と述べた。
志賀氏は「いくら海外に拠点を設けても、日本から送り込まれた日本人が経営を主導している、あるいはM&Aでも日本から現地企業へ日本人を送り込み、日本のやり方を押し付けているようでは、それを真のグローバル展開と呼ぶことはできない」と指摘。「真のグローバル展開は、パートナー同士がお互いの経験やビジョン、戦略を共有し、国籍を越えたマネジメントチームを構築することで実現する」との考えを強調した。
■次世代のアジアリーダーに求められる資質とは
続いて、サシン経営管理大学院のシリユッパ・ルンレーンスック准教授が登壇、「レジリエントなリーダーシップ」をテーマに、2030年に向けた次世代リーダーに求められる資質について講演した。シリユッパ氏チュラロンコン大学卒業後、米国の南カリフォルニア大学で博士号を取得。戦略的人材管理、リーダーシップ開発などを専門とした人的資源管理の研究者として活躍している。
シリユッパ氏は「リーダーは組織内で最も知的な人がなるものだと思われがちだが、適性があるのは平均的なIQ(知能指数)と、高いEQ(心の知能指数)を持った人物だ」と語った。さらに「日本人もタイ人も、良好な関係性の構築やコミュニケーション力にはたけているが物静かで、インド人やイタリア人のように何でも口にして表現する文化とは異なる」と解説。「リーダーは倫理観、方向性、コミュニケーション力、可能性、柔軟性、アイデア、協調性、人材開発の能力を持つことで、コンフォートゾーン(居心地よい場所)を抜け出すことができる」と話した。
シリユッパ氏はシンガポール国立大学の調査結果を引用して、アジアのリーダーに欠けている要素として(1)人材開発、(2)チームビルディング、(3)戦略的な考え方、(4)企業のビジョン、(5)問題解決力――を挙げ、これら5つに必要な素質・適性として「レジリエンス(回復力・弾力性)」があると強調。「今後さらにテクノロジーが発展し、世界のどこにいてもチームを率いることができるようになっても、膝を突き合わせた会話が重要。テクノロジーを駆使すると同時に、多元的な視点、戦略的思考と倫理観を持たなければならない」と話した。
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